果たして私は生活を愉しめたのか。
私は果たして生活を愉しめたのか?
春頃から、生活の歯車が少しずつ崩れていった。
仕事で、たくさんのことを譲歩していたら息子の可愛い姿を見るのを忘れてひたすら叱るか夕飯食べさせながら自分は死んだように横になってた。
はした金のために、家族も自分も壊していった。
そして、夏の終わり。
同僚、といっても30ちかく年の離れた老婆たちに嘲笑われながら我慢するのに耐えかねて私は夜逃げするように職場を辞めた。
何人も優しいひとが、逃げていいんだよといってくれた。
そして、いまもまだからだもこころもゆっくりしか回復してない。
それでも、子供が可愛くて仕方なくて怒られつつスリスリしたりゲラゲラ笑ったり過ごしてる。
うちのひとも、どこか呆れたようにその様子をみている。
何回か料理教室にいって、ひたすら台所にいた。
息子が吐くほど食べる炊き込みご飯、今までできなかった唐揚げ、ごま揚げ、イワシの手開き、いくらを漬けたり。
生活を愉しめたのか。
むしろ、やっと手元に生活が帰ってきたような年だった。
お皿集めが楽しくなってきた。
来年は、もっと手とからだを動かしていたい。
料理教室とか、色々。