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れすかん(レスト管理)のススメ

産前は、疲れるまで活動していた。

倒れたり具合が悪いとか風邪をひいてから少し休憩して、活動しての繰り返し。

疲れて、果ては休めず、苛々して悪循環にいたこともある。

 

疲れ果てていくと、自分の感情を抱えている力がなく少しの刺激に反応して苛々していくのだ。

 

私ほどではないけど、タスクを遂行することありきで休みをとるのを後回しにしたりするのはたまに聞くことだ。

 

そういう手前で、休もう、というのを漠然と考えていたらもっと体系だって考えてるモノづくりに長けたひとがいた。

自然とTwitterなどでつぶやいて、そのひとが名付けていたのがれすかん(レスト管理)。

名前が可愛くてしっくりきたので、コレはと思い採用している。

 

私は、体系だったことは言えない。

が、疲れやすかったり倒れたりした経験から何となく「どこで疲れるから休んでおこう」というのは言える。

 

疲労といっても、まずは肉体的疲労か心理的疲労にわける。 

多くのひとは複合的な要因から疲労が蓄積すると思うが分かりやすく肉体的疲労を。

 

寒い/暑い

気圧、湿度

かゆみ、痛み

空腹か否か

喉の乾き、睡眠の質、便通など。

案外、身につけてる衣服が締め付けていたり季節と合わず疲れることもある。

あとは、五感の中で自分がどの刺激にどう反応しやすいか。

音に敏感な人もいるし、匂いに弱いひともいる。

 

何となく、自分のからだを問診していってみる。

そこから、熱いお茶を飲むとか静かな場所にいくとか、外出をおさえるとか少しずつ対策して検証してまた日常を過ごしていくといいと思う。

過度な民間療法はオススメしないが、自分の中で自分のご機嫌をとったり回復するアイテムや事柄は持っておくと快適だ。

 

心理的疲労は、人間関係が主なのかもしれない。

会社、学校だけでなく家族関係もあるだろう。

私は今泥臭い方式を取っていて、自分の棚卸しているのでコレについては検証中で何とも言えない。

ただ、テンションの上げ下げや波は少なくというのは意識してる。

テンションの高さは、肉体的疲労はおろか心理的疲労も凌駕して竜巻のようにエネルギッシュに色々のみこんでしまう。

なるべく、還る真ん中や中庸は意識してる。

 

そして、手に負えない、本当に限界なら無理しないで専門機関を受診して欲しい。

 

自分のことを見つめすぎるひとも稀にいて、そういうのがかえって疲れると思う。

けれど、程よく、とくに自分の疲れるポイントについて知っていくと先回りして休めるしスムーズに愉しく過ごせると思う。

 

生身の人間のHPは、簡単には増えない。

日々のタスクや出来事で消耗していくこともある。

そんな時、休みを先回りしてとっていくと難しいことに立ち向かえるしハレとケを区別しやすく年中娯楽で知らぬ間に疲れるということも減る。

 

やすむことは、悪でない。

 

と、色々Twitterやマッサージ探偵ジョーを観ながらつらつら考えた。

エンディングのお疲れサンクスを踊ってたら、可笑しくなってきて心地良く疲れた。

 

真剣に中丸雄一くんがツボダンスしながら透明感ある歌声を披露してるので、ぜひ観てほしい。

必要以上に親切にしないプロジェクト

春になる前。

 

クリスマス前後やお正月での、旦那さんの友達への接待やら義実家への気遣いに心身がボロボロになっていった。

 

やっても、あまり感謝はないし、損してるし報われない。

でも良いオクサンはこうしなきゃ

あれも手伝いしなきゃ

もっと頑張らなきゃ

あれ?

 

冬の鬱々した寒さも相まって、拗ねていた。

落ち着かなくて、食べ物を口に詰め込んだりしていた。

とにかく眠かった。

暖かくなって気付いたが、やれという義務でないことはたくさんあった。

直接、頼まれていないようなことばかりしようとしてた。

それなのに、勝手に義務感にだけ駆られていった。

 

寒さが緩んできたとき、心の底から「親切にしない、お節介しない」という思いが出てきた。

そこから少しずつ、「必要以上に親切にしないプロジェクト」を密かに始めた。

 

ひとのことまで背負わない。

少し大変そうな人がいても、察しない。

直接助けの声が聞こえるまでは、放っておく。

困っているひとを、見つけにいかない。

信じて、何もせず見守っている。

誰かにアドバイスは、極力しない。

 

必要以上に親切にしてる、お節介しているとやらされてる感が出てくる。

義務感だ。

自分でやってるハズなのに、自分で選んでない。

自分の気持ちを舵取りしてない感覚。

私だけ、どうして苦労する、になり損してる気分になる。

 

また、必要以上にお節介しないのは相手を信じることにもなると気付いた。

逆に相手ができないと勝手に決めるから、信じられないから、自分から動く。

ひとりでシゴトを引き受けたり、ひとりでやるほうが早いっていうのはこういう心の仕組みなのかと少し驚く。

勝手に動く割に、承認欲求はあるから感謝とか見返りはほしかったのだ。

猜疑心の塊の私が、信じることの一端を掴んだ気がした。

 

結局、ただそこにいる。

が、私は出来なかったから「必要以上」に何かしてしまうのだ。

私にとって、人生はシゴトのような義務感で出来ていた。

だから、何かして対価を得ていないと落ち着かないのだ。

 

 

信じることも何もしないこと(見守るようなこと)も、勇気がいる。

 

自分が親切にしなくても、みんなしっかり過ごしてる。

自分がなにかしなくても、そこにいていいらしい。

何かしたらしたで、損はしなくてやった事実だけ残っていく。行動するからには良し悪しもあるが、感謝とかはおまけだった。

 

冬眠からもがいていったら、そんな世界が待ってた。

またもとに戻ったり、それでもその思い込みが気持ち悪くて足掻いたりもするだろう。

思い込みも、試して、考えて、動くことで取っ払っていける。

4月にスタート"ダッシュ"しない


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この4月から、息子氏は保育園に入園する。

 

去年はよちよち歩きで、菜の花や桜の中を何回も転んではらはらしていたのが遠い昔の事のように感じられる。

それくらい、子供の成長は早い。

 

入園準備で衣料品店にいくと、どこもかしこも「入学、入園準備」。

やれ、靴を入れるバックだの子供のリュックや色々なものが売っている。

少しでも楽しくなるように、と子鉄の息子にはプラレール柄のリュックを買ってあげた。

 

始まりの季節は、なにも子供だけではない。新社会人になる人だっているだろう。靴売り場で、そわそわしてる親子を見かけた。

 

皆、春になって暖かくなってはじまりの季節だからそわそわ落ち着かない。

私が好きなかかりつけの漢方医も「そういう季節だからねー」と言う。

 

「この4月にスタートダッシュするには」というフレーズを見て、思わずドキッとしてしまった。

きっと、昔の私ならそういうフレーズや刺激に焦って4月にダッシュしたりリスタートしようと足掻いていただろう。

 

よく考えたら、スタートにダッシュするほどそれだけ空回りしてた。

空回りして、頑張りすぎて5月には失速して5月病のように鬱々してた。

 

そもそも、ゆるゆるスタート、様子見スタートでもいいはずだ。

スタート地点は同じでも、周りを伺いつつゆっくり自分の思うまま確実に進んでもいいのだ。

毎日を重ねていくと、じわじわ効いてくるものがある。

そういう地味な成果に目を向ける春もありだと信じたい。

劇的は遠回りで、地味は近道。

少し前、ぼんやりスマートフォンを眺めていたら。

何気なく、「劇的な」というタイトルのブログ記事を読んでいて、ほうと思った。 

 

油断していると、そういう耳障りがいい言葉や文句はいくらでも刺激としてカラダに侵入してくる。

 

好きなことをしよう、仕事をやめよう、有名になろう、知名度を高めよう、収入を、自由を……

 

勿論、効率化のためにtipsのようなものは必要だろう。

どうしても、環境を劇的に変えねばならないくらい大変なことはある。

 

けれど、大抵のことは地味なことの積み重ねだ。

たとえば、歯を磨くとか、子供のお世話をするとか、料理するとか。

そんな日常の積み重ねとどうしようかとの悩みや考えで、そのひとの行けるところまで到達している場合が多い気がする。

 

もがいたり華やかでないようで、気づいたら、しっかり前に進んでる。

  

私自身、意志薄弱なので聞こえのいい言葉にとっても弱い。

出産と共に色々な病と折り合わねばいけないとき、もがいたし怪しい即効性がありそうなものに惑わされもした。

同時に、息子のことも色々考えて考えて焦って息子を「刈り込む」ものに惹かれもした。

 

けれど、とっても地味で目に見えない方法を積み重ねていったら。

2年も経って病も落ち着いてきたし、息子もイヤイヤ期に手を焼くが自分の意思を押し殺さず健やかに育っている。

 

何より、かかりつけの漢方医が「息子さんも体力ついてきたし、お母さんも受け止める力がついてきたんだよ」とつい最近褒めてくれた。

わりとネガティブなほうだけれど、それを聞いて誇らしくなった。

 

イベントはほぼいかないし、ブログはほそぼそとやっている。

それでも、私のこのブログは今まで書いたブログでいちばん好きなブログに育ってる。

 

地味が近道で、いい、ってことは案外たくさんあるはず。

備忘録的:2016年買って良かったモノ

減らしつつも、やっぱりモノが好きだし買い物大好き。

欲しいぴったりのものがやってくるまでは、もどかしい。

けれど、それが家に来るとぐっと生活が変わるのが嬉しい。

そういうモノと、今年も出会えた気がする。

 

(台所まわり編)

・ラバーゼの調理器具

・iittalaのティーマシリーズ

・リサ・ラーソンの豆皿

・ハリオのコーヒー周りのグッズ

・ハリオの土鍋

永谷園の煮込みラーメン

 

ラバーゼ(la base)は、料理研究家の有元葉子さんが新潟県のメーカーと一緒に作ったキッチンツールのメーカー。

水切りカゴが有名だが、我が家ではザルとボウル(大小)と角バットを使っている。

新婚からチグハグなザルとボウルを使っていて不便だったが、統一すると洗うが楽。

大小揃えたので、サラダ作りながら何かのソースを混ぜるとか色々使い手がある。

変な溝や洗いにくいところがないので、不衛生にならないのも決め手。

ふつうのバットより小さいので、キッチンでも冷蔵庫でも邪魔にならないのもよし。

 

iittalaのティーマとリサ・ラーソンの豆皿は、息子氏が荒く使っても案外平気で楽しそうなので気に入ってる。

 

ハリオの円錐型ドリッパーはスッキリ抽出出来るので、あっさりした珈琲好きにはたまらない。

初心者にも使いやすい。

珈琲に関しては、後日書きたいけれど。

やはり、淹れる人と淹れ方とドリッパーも大事よねっていうところまできた。

 

ハリオの土鍋は、鍋部分が黒で蓋が透明で美しい。

おもてなしで出してもサマになる。Panasonicの食洗機にも入る2人から3人分を使ってる。

 

永谷園の煮込みラーメンは、ワンオペ育児の強い味方。

野菜も肉もしっかり食べてくれて、楽ちん。

 

(日用品編)

Panasonicのギュットアニーズ

NECの軽量パソコン

・電動鼻水吸い器

AQUOSのSH-M04

・お薬カレンダー

・LLBeanのトートバッグ

・トントン(踏み台)

 

走り出しのスピードと車高の低さでPanasonicに決定。

背が160センチそこそこしかなく、鈍臭いタイプなので走り出し早めで車高高いブリヂストンヤマハは除外。

 

パソコンは、確定申告用。

充電時間短いけど、さっと使えていい。

薄くて重たくないのも選定理由。

 

電動鼻水吸い器は、息子氏用になくてはならないもの。

口で吸うタイプは、絶対感染する。スティックタイプは、1年未満で壊れたので置き型がオススメ。

 

スマホは、格安SIM使ってておサイフケータイ必須(子供がいてもさっと会計出来てマネーフォワードでも管理出来る)なので選択肢少なくAQUOSに。

前の機種よりはさくさく動きます。

欲を言えばXperiaーー!

 

実は、産後から色々持病が見つかりゆっくり療養してます。

病状も落ち着いてきて減ったとはいえ、漢方に頼っていて方剤も何種かあるのでお薬カレンダーにぶすぶす詰め込んでます。

飲み忘れかなり減りました。

 

トートバッグ、どうして早く買わなかったの!というくらい軽くて丈夫。

 

踏み台は、2歳の息子がひとりで手を洗ったりうがいしたり歯磨きするのに重宝してる。

大人も乗っていいくらい、頑丈。

 

絵本や本は別でまとめるとして。

モノを整理して、選んで増やしていった1年。

特に、今までテキトウにしていた台所周りは使いやすい道具のおかげで捗る。

 

来年は、なにをてにとり、なにを整理していくのか。

 

皆さんのいいモノ、こっそり教えて下さいね。

こうやって人間の感情は生まれていくのか?

日曜日。 

思いつきで都心の駅に息子氏と旦那さんと3人でいく。

 

お目当ては、息子氏の靴と電車が見えるカフェに行くこと。

靴は足のサイズが変わっていなくて必要なかった。なので、本屋で本を見たりしてダラダラ夕方を過ごしてカフェに向かう。

 

電車が目の前に来たので、電車好きの息子はもう大興奮だ。

「でーんしゃ、でんしゃ」

大声で電車を指差している。

 

次第に目がキラキラして、「かっこいい」と言いだした。

ママは、君からのかっこいいなんて言葉、初めて聞いたよ。

 

何となく、褒め言葉でかっこいいを息子に対して使ったことがあるしお得意のEテレや電車のDVDでも使う言葉だ。

それでも何だか、息子の「かっこいい」に面食らってしまった。

 

そうだ、きっと初めて「息子の気持ち」を言語化して聞けたからだろう。

赤ちゃんのときや喋り始めは、本人ももどかしそうで伝えたくて懸命に泣いてた。

少し聴覚が過敏なので、泣かれるのがとても辛かった。

 

でもいまはこうして、「電車をかっこいいと思う」気持ちを言葉にして伝えてくれる。

きっと、何ヶ月も何年もしたらうざったくて当たり前になってしまうかもしれないがその時の私には尊いものに思えた。

 

感慨にふけっていると。

何度もまた、路線名や電車名を大声で呼びかっこいいと言っている息子がいる。

 

この日曜日から、言葉がまた一段階増えてきた。

プレスクールの帰り道が暗くて、「こわい」。

ズボンが履きたくて、またはプラレールがやりたくて「やりたい」。

大好きな大根と鶏手羽元の煮物に食いつきながら「おいしい」。

電車グッズや、あるいは自分を指差して「かわいいー」。

 

今でも嫌なときは泣くときもある。

道に大の字になってみたりもする。

それでも、受け止める方の私の過敏さも和らいでいき「そうだねー」なんて受け止める時間も増えた。

 

これから息子は色々な感情を知って、言葉にしていくのだろう。

その都度、こんな気持ちなんだなぁと味わい尽くしてほしい。

 

次はどんな気持ちを口にするのか、少し楽しみだ。

 

 

口から言葉がするする出てきた、三十路の朝。

三十路前日。

 

何かを察知したのか、息子氏は珍しく高熱出して風邪。

夜中もうんうん唸りながら、母を布団から追い出していく。

 

去年なら眠れなくてきっと怒ってたけれど、今年は「あーハイハイ。」と先に起きてしまう。

こっそり布団を抜け出して、朝から録画していた3月のライオンをにまにましながら観る。

 

「ママーーママーマーマー!」

 

大絶叫する息子を抱えて、無印良品のだめになるソファでひといき。

汗をかく二階堂くんの顔や美味しいそうなごはんを見つめる。

3月のライオンは、どことなく水が印象的に使われてて綺麗なアニメだ。

今日のごはんは、どうしようかな。

 

「ぱーん、ぱん」

 

最近、1歳児はひまわりの種たっぷりのドイツパンが好き。

ブレッドナイフでドイツパンを切って、スープとかチーズを並べていく。

大人は、ベーコンエッグ。我が家は、卵はひとり2個。

 

のんびり起きてきた旦那さんが、冷蔵庫から私の好きなパティスリーのケーキを出して「30」の蝋燭を刺していく。

 

「おめでとう。三十路の目標は?」

「目標?ない」

「えー!何かないの?」

 

1秒、2秒考える。

 

「強いて言うなら、力まない」

不思議と言葉がするする出てきた。

「力まないし、愉しむ。」

 

三十路って、30歳って、何か特別な響きだった。

 

特に、藻掻いて苦しんで失って、失って、失ってきた20歳から考えると遠いものだった。

朝目覚めてみると、なんてこと無い。

生活が地続きでそこにいて、なってみると抱負はないけど特別でもない三十路。

思い出すと、失ってばかりでなくて得られるものも知ることが出来たこともたくさんあった。

 

「ふーん。いいんじゃない?楽しんで。」

素っ気なく旦那さんが言う。

「何かやらないの?資格とるとかー」

そういうところは即物的だなぁ、と思う。いつものことだが。

 

これから、いつも通り頑張りすぎたり、落ち着いたり、考えすぎたり、ぼんやりしたり、興奮したり。

行きつ戻りつつ。

力まず、愉しいひとになれますように。