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アンテナを張り過ぎると、どうなるか

エッセイ
最近、からだが情報を絞って入れてるなぁととみに感じる。
 
本の類は、雑誌や読みやすいものをパラパラ眺めるだけだ。
ネットも、息子が目を離せないのもあり観る時間が減ってる。
テレビにいたっては、朝ドラとEテレくらいしかみていない。
 
本は、早く読むほうで気になるものは小説も専門書もなんでも何冊も読んでいたし並行して漫画もたくさん読んでいた。
ネットは、自称ゆるふわネットウォッチャーなのに暖炉の燃えカスのようなものしかウォッチしていない。
テレビは、とにかく俳優やらアイドルが好きなのでドラマやらそれに付随する番組を観ていたがいまは全く観ていない。
 
そう考えると、今までたくさんのモノにアンテナを張り巡らせてすぎていたのだ。
 
アンテナを張り過ぎると、どんどん頭のなかに情報がぐるぐるまわって処理し切れなくなる。
それに、情報が多いということはそれだけ良いものもあるが悪いものもありノイズが出てくるのだ。
 
きょうみたテレビの掃除方法で禅の手法を取り入れるものがあるそうだ。
部屋が汚いのは、頭が混乱しているから。
それを解消するために、自分の欲求を日記にしたり数秒掃除を毎日するというものだった。 
 
掃除ではないが、情報のインプットアウトプットもこれがヒントに出来るのではと思って視聴していた。
 
意図的に絞っていき、自分の欲求や状態を認知しながら「無い」ものを求めていくより「在る」ものに目を向けていく。
そして、心地良いように整理してアウトプットしていく。
 
インプットを過度にしていないか、アウトプットの出力が大きすぎやしないか。
そこも深めていきたいところ。
 
いまは、インプットの量や出力が意識しないと流され飲み込まれていくほど情報が多い世だなぁとおもうこのごろだ。