続々:珈琲とのみものの新しい関係
年始から珈琲に夢中だった。
飲む、というより淹れるのが好きなのに気付いたのは4月頃。
親子でお世話になっていたところを、保育園入園とともに卒業することになった。
そこで、喜ばれるし喜んでくれたり褒めてくれるので嬉しくて毎日のように淹れてた。
けれど、もう通うことはない。
たまに、顔を出したり息子氏と少し滞在するだけだ。
必然的に、飲んでくれるひとがいなくなった。
うちのひとは、飲んでも飲まなくても執着しないので張り合いがない。
ぷくぷく豆が膨らんでいく様や、淹れながら話すこと、薫りが広がっていくこと。
美味しいと喜んでくれる顔。
他愛もない話をして、ほぐれていくあの時間が愛しかったしあの日常はもう戻ってこない。
そして、私自身珈琲があまり飲めなくなってきた。
敏感な体質なので、少しの薬(漢方も含めて)でも効くしサプリも効く。
それは、アルコールやカフェインを含む珈琲でも言えることだったらしい。
閾値を超えたらしく、目が冴えてきたりしたので飲む回数が減っていった。
とはいえ、お茶の時間は好きだ。
何か飲んで、寛ぐ時間がこよなく好きなのだ。
だが、紅茶もほんの少し目が冴える気がしてくる。
珈琲と紅茶を避けると、巷の飲み物を売るお店には飲むものの選択肢が減る。
ハーブティーも嗅覚が鋭いので、好みが別れる。
そうなると、家で色々試すことにした。
最近のお気に入りは、マリアージュフレールのフレーバー付きのルイボスティー。
ルイボスティー独特の甘みある味に、ヴァニラや花の香りがついてるミッドナイトインパリがお気に入り。
店員さんに大きい缶をぱかっと開けてもらい、フレーバーを確かめながら買えるのも楽しい。
もう少し時間が出来たら、サロン・ド・テでゆっくり飲みたい。
全く飲めないわけじゃないから、珈琲とはほどほどに離れてるけどたまに会える好きなひとみたいな関係になっていった。
他の飲み物は、どうだろう。
飲み物という大きいくくりだと、お酒は会えなくなったらどんどん離れてほとんど会わない微妙な距離のひと。
他のお茶は、どうだろう。
ハマるとのめり込む性格だけれど、そろそろ程よく色々飲んでくつろいでいきたいのだが。
迷うことも、ひっくるめて。
自分が正しいことをしているときって。
迷ってる人が、愚かにみえてしまう。
自分が正しいことをしている、と信じて疑わないときほど。
迷ってる人が、馬鹿馬鹿しいようにも滑稽にも拠り所がないようにみえる。
だって、ふらふら彷徨ってるから。
かっこ悪いから。
あちこち目移りしてるし、色々なこころに首を突っ込むし。
誰かに騙されたり、ひとの言うことに右往左往してる。
そうして、批評家のようなポジションで色々眺めたくなるときがある。
そういうのが、冷静とか正しいから。
かっこいいから。
けれど、迷わなかったらどこにもたどり着かない。
傷ついたり、分からなくなったり、探ったりしていかないと見えない先もある。
全部、ルートがGoogleMapにあったら楽だったのに。
それに、ひとのことを言っててもそれは自分の領分の仕事か、というのは不明だ。
行き着いた先が、いいか悪いかはその道を歩いてるただひとりに決めてもらおう。
あなたもわたしも、本当はちいさいはじっこで自分の道をどんなふうに歩いてもいいはずだから。
ゆるやかに航路を進むためのライフハック大全
先日、お呼ばれして堀正岳さんのライフハック大全の出版記念会に参加してきた。
会では、久々の人たちと会えたのが嬉しかったのでわーわー話していた。
新しいガジェットやサービスやアイテムを教わって、そういうものから離れていたのでどれも新鮮で面白かった。
何より私は、楽しそうに何か続けてるひとの話を聞くのが好きだなと思いだしたりもした。
来ている人を見渡すと、堀さんが最後に綴ったような「しつこく」色々なことを続けている人たちばかりだ。
ブログを続けているひと、ネットウォッチし続けるひと、書くことを続けているひと、写真を撮り続けているひとなど長く何をやっている人ばかりだった。
古参、とか昔から、とか言ってしまったらきりがない。
が、何かしら続けていないひとは残っていかない世界でもあるなぁとも思った。
ライフハック大全は、会でも話があったが想定読者はライフハックってなんぞ?という初心者向けなのだ。
もちろん、実践してる人にも目新しかったり面白い提案は250のアイデアのなかでいくつかあると思う。
スマホを始めとしたガジェットも色々出尽くして、アイデアも飽和状態に見えるようなここからの10年までの区切りの本だなと。
本の印税は、心臓疾患の女の子の寄付に使われるそうでそういうところも含めて招いていただいて有難い。
私は、特殊な職場で難しくないけど特殊なことを始めたのでPHSしか使えないところでは使えるアイデアは限定的だ。
だが、SECTION0から08までには仕事をしたり家庭の管理をしていく上で役立つ事は何個もあった。
023の余暇の時間をあらかじめカレンダーに入れるは、前紹介したれすかん(レスト管理)では大事なことだ。
堀さんの会に夜参加出来たのも、この予定はブロックしたい!と強く思っていたから効率よく家事育児が出来たからだ。
083の自分の脱線パターンを知る、は私の特性上色々な刺激に弱く脱線するので自分で調整したりコンディションを良くしたりする事で回避出来そうだ。
196の無印良品のEVAケースは、堀さんのブログで知ったので確定申告の時の医療費の領収書管理に役立ってる。
身体、精神のバランスが大事な私には、086の気の進まない仕事は選択に置き換えるとか172の嫌な人の言動はハンロンの剃刀を通して見る、というアイデアは目から鱗だった。
きっと、自由度が高かったり知的生産性が求められる職種のひとは響くところが違うしもっと堀さんのおすすめのツールを使っていくのだろう。
それくらい、ライフハック大全にある250の小さな習慣は幅が広い。
個人的には、巻末の参考文献が巷の自己啓発本とは違う一線を画してると思うし堀さんが書く最後のライフハック本だなと。
(翻訳本は載ってることもあるが、日本の本ではまだまだ少ないように思える)
ライフハックは、2017年現在は手垢がついた言葉になっている。
ただ、その言葉や考えが出た頃は少しでもラクしようとかたのしくとか堀さんの言うHappy Lifehacking!というニュアンスの意味があったように思う。
「実現したい目標や向かいたい未来があるなら、その方向性に向かってゆるやかに航路を作ってくれるような"小さな習慣"を探してください。それこそがあなたの人生を変えるライフハックなのです。」
と、250個目で堀さんは綴ってる。
何かに向かって、進んだり変わっていくには小さな習慣をしつこいくらい続けて実験的に試行錯誤してまた続けての繰り返しだ。
載っている小さな習慣は、どれも堀さんが実践してきて残ったものだったり煽るものはなにもない。
会の最後、堀さんに挨拶したときはにかんで「私にはしつこさしかないから…」と謙遜していた。
けれども、劇的でもスピーディーでもなく何かを変えるとかこちらに向かうと決めて続けていくのは並大抵のことではないなぁと感じた。
特に、自分自身は焦ったり即効性を求めるとことごとく失敗してる。
かかりつけ医にも、急ぐは生活習慣病と言われたくらいだ。
向かいたい未来へ進んでいくために、ゆるやかに航路をいっていいんだ、と背中を押してもらった心持ちだ。
いくらの醤油漬けと母と。
母が上京してきた。
「これは、洋梨。これはシャインマスカット、これはいくらね。これはひいおばあちゃんからの洋服だよー孫ちゃーん」
勢い良く、お店を広げるみたいに保冷バックから荷物を出していく。
ありがとう、といいながら冷凍庫に塩鮭だのホヤだのしまっていく。
自分の洋服を貰って、嬉しそうに触る息子氏。
ついでに、お願いしていた昔々のきょうの料理のレシピの紙も。
ハレの料理を作るのが、ストレス解消。私にとって、料理はある種の作業療法。
その中でも、母が教えてくれて実家でお正月に出ていたボイルドビーフが食べるのも作るのも好きだ。
ボイルドビーフは、塊の牛肉を多めのお湯でぐらぐら煮てにんにく醤油に漬け込む料理でローストビーフよりさっぱりして簡単だ。
いい牛肉を使うと、ローストビーフなんかに負けないご馳走だ。
小林カツ代さんのレシピで、正確なものが知りたかった。
それで、今回昔々のきょうの料理をコピーするよう母にお願いしていたのだ。
受け取りながら、別の日デパートに行く約束といくらの醤油漬けを教わる約束をした。
そして、後日。
少し落ち着いた駅で待ち合わせした。
遅れて着いたので、何度もスマホを鳴らしたけど母は音信不通。
きっと、近くの書店を見てるなぁと推理して行くと子供みたいに夢中に本や雑貨を見てた。
少女みたいな弾んだ声で、「このバックどう?2000円に見えないし、可愛いでしょ。」と訴えてくる。
いいと思う、素敵。と伝えるとウロウロとムーディーな薄暗い店内をレジを探すために歩く。
その後も、デパートで色々なハイブランドの服を大きい声で見定めながら物色する。
なぜ、値段の話をしてしまうの?と思うけれど。
本当に欲しいし、きらきらした都会的な雑貨も、服もすきなんだなぁと思って放っておく。
ぶかぶかのツイードのジャケットにチカチカするようなダークな金木犀柄のブラウス。
そのシルエットに少し痩せたんだ、年をとったなぁと思う。
いつだって母は、派手でちぐはぐ。
そして、いつだって好きな物の前ではハイテンション。
「こうやってゆっくり上京するのも、しばらく出来ないかも。」
ランチをしながら、母は少し悲しそうに介護の話をしていく。
私も、仕事が始めるし生活が変わる話をしていく。
はしゃいでいた空気が、秋のしんみりしたものに変わっていく。
その後、いくらの醤油漬けを実演してくれる約束をしていたので私の家へ。
こうやって、45度くらいのお湯でほぐすの。そういって、母はボウルの中でいくらと薄皮を丁寧に素早くほぐしていく。
いくらは、いとも簡単に薄皮からするする取れていく。
「こんなに簡単だったんだね。」
「大丈夫、あなたならできる。」
二人で残りの細かい薄皮を除いて、わーわーいいながら醤油とみりんを煮きったものに漬け込む。
ありがとう、またね。
そう言って友達と待ち合わせしてると、るんるんで帰る母。
いつも、何か教わる時は平手が飛んでた。
罵声が飛んで、いつ怒られるかわからなくて何時も身体をかたくして緊張していた。
母だって、出来が悪かったりして焦ったり余裕がなかったりもしかして自分と比べたりしたのかもしれない。
許せないことも悲しいやり取り、たくさんたくさんあった。
それでも、ゆるゆると降りていく人生の中で今日みたいなやり取りや息子と楽しそうにしてること。
きっと、母は10年後くらいにはどんどん老け込むし私も老いていくけれどこんな平和な思い出が出来て良かったなぁと思う。
それは、「元気」で動いてる?気力を振り絞ってる?
夏前から、今まで。
ゆっくりペースで、仕事をするために身体と気持ちを整えたり鍛えてきた。
一度、いや何度か壊れていって気付いたけど「元気」でないと何も出来ない。
気力が無いときほど、魔法のような手段、Tipsにとらわれていく。
手始めに、中学生くらいから自己啓発本にハマった。
変な中学生だったので、父親の本棚の自己啓発書は片っ端から読み漁った。
今で言う、意識高い系中学生の完成だ。
大学生では、上京したので入る情報量がぐっと増えて益々のめり込んだ。
特に、勝間和代には夢中になって真似したり講演に行ってみた。
ストレングスファインダーをやった大学生なんて、その頃殆どいなくてタダの物好き。
あんな風に早く賢くなりたい、と空回りしていった。
その間、色々な自分の内面や健康の問題が絡んでいった。
たまに、故障をおこすロボットのようにベットから起き上がれない、緊張しすぎたり、眠りが浅い…不調が吹き出してた。
それでも、色々な本で語られるTipsや手帳やガジェットなどが自分を助けてくれると信じていた。
そうしたら、いい自分になるし、スムーズに書いたり話したり誰かに好かれると本気で思っていた。
今思えば、それを行うのは全て自分。
手を動かしていくのは自分。
書く、という行為ひとつとってみても自動化してるわけでなく脳で思考して手を動かしてペンやらパソコンで綴っていくのには身体が不可欠だ。
そこの身体性を無視して突き進んでいくには、限界がある。
ちょっと前、タスク管理をしているひとでからだを壊してるひとがいるというニュアンスのツイートを読んだ。
からだを壊したから、やってる事を減らしたりやり方を改善するためにタスク管理を導入するのはいいと思う。
私みたいに、リスト化していたりしないとすぐ混乱する人間には有り難い。
しかし、タスクを実行するのは人間なので実行する人が不健康だったり遂行出来ないことに並んだり必要以上にタスクを増やしたり抱え込むのは不健全だ。
健康になる、元気になるには面倒だしコストがかかる。
ただ、少しずつ続けて積み重ねていくとタスクの遂行がスムーズになるし自分の元気の基準がわかっていくと頑張りすぎなくなっていく。
ジムに通うのが大変なら、少し長く歩く
スマホは、ぐっとこらえて寝る前はやめてみる
早寝早起き、たっぷり寝てみる
寝るために、しっかり湯船に入る
お風呂上がりストレッチしてみる
おにぎり1個から、サラダとゆで卵はつけてみる
出汁なんて面倒だから、かつお節にお湯かけて味噌入れて飲んでみる
カロリーもいいけど、食べる内容を変えていく
自分のために、色々やっていくと今度は自分のために先取りして休みをとれる。
休みをとると、心身ともに力がたまっていって動ける日が増えてくる。
動ける日が増えてくると、無理やり劇的なカンフル剤(自己啓発本もネットもカフェインも)から程よく距離がとれる。
そうなってくると、不調の前に休んだり詰め込み過ぎないでメリハリつけて動ける。
本当に少しずつだけど、地味だけど、食べて寝て動いて身体性を取り戻していくのが自分のしたいことを助けてくれる。
これから、もう少ししたら仕事を始めることになる。
動きたいとき、楽しみたい時、思いっきり出来るよう休んだり鍛えたり、食べたり寝たりを地味だけど重ねていく。
ここから歩き始める。
あんなに、外に出かけていたのに。
あんなに、内側にこもっていたのに。
新婚の頃は、寂しくて心細くて、でも知り合いはあまりいなくて。
暗い、寒いアパートの電気カーペットの上でぼんやりしていた。
どうしようもなくて、ごはんに海苔を巻いて沢山食べていた。
なにか、これだと寂しいしいけないと思った。
旦那さんの職場近くのスポーツセンターでピラティスをして、終わったら講義が終わった旦那さんと学食を食べてた。
チキンソテー定食が私の定番。
そこそこお金があるときは、ふたりで手を繋いで、新大久保に。
まだ韓国料理がもてはやされていて、どこも活気があって美味しかった。
駅前のロシア料理もたまに行ってて、そこのつぼ焼きはどこより美味しくて温かくて気に入ってた。
仕事が決まって。
パート前に駆け足で、蕎麦を啜ることもあった。
あとは、アイコかアメリカンのホット。お金があるときは、昔ながらのかたいプリン。
それが私の定番で、たまにシチュー定食に半熟玉子落としたものをお店のひとが覚えててくれたこともあった。
たまに、地下の牡蠣屋で牡蠣を啜った。
たまに、まかないのような形で珍しい魚ばかり食べて舌と目ばかり肥える。
旦那さんと生活時間がすれ違っていくから、少し寂しくて近所のバルでひとり飲み。
何でも美味しいお店で、アスティのスプマンテとかサングリア片手に旦那さんの帰りを待ってた。
そのうち、色々な人と知り合ってそれはそれは美味しいものばかり食べたし飲んだくれた。
色々な話をしたし、色々トウキョウというものの華やかさを教わった。
不思議な雰囲気の居酒屋やトルコ料理のお店。案外サラダが美味しいビアバーにカレーが上手い(あえて上手いなの)ビアバー。
とろけそうな焼肉に初めてパクチーを食べることが出来たタイ料理。
色々な人が誘ってくれたり、人数合わせになったり、自分から赴いたり。
他にもたくさんたくさんあったはず。
それでも、寂しさは消えない。
その合間に、渋谷の坂をせっせとのぼり日本酒にのめり込んでいく。
たまに、学生時代から知っていたオーセンティックなバーに行ってとろけたり冷や汗かいたりしたり。
福岡県出身の美しいバーテンダーの作る、季節のフルーツカクテルとダージリンクーラーがお気に入りだった。
住むところも仕事も変えていって。
美味しいドイツパンに蕎麦につけ麺。池波正太郎が好きだったらしい洋食。
仕事しながら、美味しいものをほうばっていく。
住みながら、驚くほどお値打ちな天ぷら屋や美味しい珈琲、面白い食べ方をさせる焼き鳥屋にもいった。
ときに、誰かと。ときに旦那さんと。
味わいつくして、妊娠した。
妊娠中は、色々気にしたわりにはお肉ばかりせっせと食べていた。
塊のお肉を妹と炙って分けたり、ジンギスカン食べたり、シュラスコにかぶりつく。
家でも塊のお肉に塩をすりすり、焼いたり茹でたり漬けたり。
そして少しずつ、また心細くて寂しくなっていった。
その後、息子が出てきた。
言葉が通じないしコントロール不能の生き物とべったり2年間。
預かってくれるのは旦那さんくらいなので、ほぼ一緒。
行くところも限られる。
とはいえ、近所の肉屋さんのつくねをほうばり評判のドイツパンにかぶりつく息子と色々なところにも行ってきた。
雨の中、電車を見て。風の強い日に井の頭線で公園まで向かっておにぎりをひろげる。
ふと、家族の横顔をみる。
精神世界に生きてきて、苦しかったなぁ。
自分を題材にして苦しい難しいことを考えるのって、疲れる。
それで、イマを楽しめなかったのか。
いまは、家でお肉を焼いて食べたり外食ではさっと食べてしまう。
珈琲もアルコールもあまり摂取出来なくなった代わりに、運動するときに必要な栄養は取り始めた。
あとは、ママ友と集まるくらい。
ご馳走も、飲食店もはるか向こう。
それでも、家でさっとご飯を何品か作れる体力も気力もテクニックもついてきた。
楽しくしてると、家族も自然と食べてくれる。
でも、たまの外食も好き。江の島を眺めながらのランチも、近所のがさつな蕎麦屋も。
作ること、食べることが憑き物が落ちたように何周もまわって手元にきた。
そして、私の長い長い歩みも、もう健全な方向に向いている。
息子が入園してからようやく気付く。
小さい頃、ひとり遊びは好きだったけど家には誰かしらいた。
疲れると一人になりたいけど、家族がいたし過度なくらい寂しいと活動してきた。
いまは、ようやく「ひとり」を抱えていられるようになった。
村上春樹と河合隼雄のいうところの、「井戸掘り」をしていった結果かもしれない。
漠然とした不安とか、寂しさを抱えていられるようになれた。
難しく、精神世界で、自分を追い詰めることはないし現実世界を歩き始めた。
やっとここまでこれた。
そう思ったら、サングラスの奥で静かに泣いてしまった。
抱えて、休んで休んで、また歩く。
今度は全力疾走しないよ、ゆるゆると。
わたしはわたしのブログが好きで。
少し前のこと。
いつも親切な水玉シャツのひとが、わたしの憧れのひとたちを紹介してくれた。
そのときに、「インターネッツの座敷童子みたいな子でー」というニュアンスでわたしを紹介してくれた。
座敷童子はともかく、ネットウォッチは昔から趣味だったので否定出来なかった。
ネットウォッチだけでなく、厨二病も拗らせていたのでチャットルームで暴れてイタイ思いをした。
そして自分のホームページのようなものを作っては、にまにましていた。
ホームページやブログの類。
何だか取り繕ったり、新しいことをやりすぎたり、欲望が剥き出しになっていた。
書いてるときは、夢中だったからよかった。が、思い返すとブログを自己承認欲求を満たすためのツールだけに見ていて読み返しても空々しく何も面白くなかった。
そんな作っては壊して、インターネットの海に漂い消えていく私のブログ。
だけど、この日々の食卓から、というブログは不定期更新ながら続いている。
とても間隔はあくが、性懲りもなく更新している。
そして、私は何度となく読み返してる。
今の自分が好きかは、まだわからない。
やっと、自分がこれは好きだからやろうとかこれは無理だしやらないとなけなしの勇気を振り絞るくらい。
けれど、いまのブログは好きだ。
ここまで、苦しみながら歩いてきた過程。
深い深いところまで、自分のなかに降りていって得た思考の記録が残っている。
特に、病気になったからこそ考えてきた数々のこと。
機織りの鶴でもないけれど、我が身から出て来た唯一無二の言葉を綴っている。
ときに、かるくもほっこりもなんでもありとして。
そして、自分で満足しているところに会ったひとからは「読んでるよ」と言われること。
情報がつらつら載っている、絶対的に誰かの役に立つ。
ヒラクし、本当の自分がわかる。
ライフハックだ、知的生産性だ。
気づきがある。
知見があるし、ためになる。
バズるし、PVもアフィリエイトもすごい。
だから、宣伝も出来ますよ。物も売るしすごいところに呼ばれますよ。
私のブログはそういったものでない。
毒にも薬にもならない。
ここには壺もセミナーもないが、啓発もない。
昔は考えたけれど、狙って体系立ててブランディングしていくものもないし、向かないし飽きる。
けど、私の思考の軌跡かあってそこが誰かの琴線に触れたら幸いだ。