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流れる本棚。

ひとつ入れたら、ひとつ減らす。
 
これは、私のお片づけの信条だ。
信条に基づいて、キッチン用品から服、色々なものを整理している。
 
ただ難しいのが本棚。
 
とっておきたいもの、手元においてただ眺めたいもの、どうしても紙の本のカタチとして読みたいもの。
小さい頃から本によって育てられたものとしては切っても切れない関係だ。
 
ただ、本は愛着あるものでもあるが知識や考えを補うものでもある。
その知識や考えをブラッシュアップしていくには、ずっと同じような本ばかり手元にあるのもモヤモヤする。
 
なるべくなら、本棚の新陳代謝は良くしておきたい。
流れる、本棚。
それは、知識や考えをみずみずしいものにしておきたいという願望。
 
特に、春は新しいことが始まっていくそわそわした空気に押されていく。
そして、本棚の前で逡巡する。
 
いまの私が読みたい本は?
どんな自分でありたい?
 
そうして出来上がった本棚を眺め、本を手にとる時間が好きだ。
 
ただ、愛用してるKindleアプリではそういう潔いことが出来ないのが何とも言えない。
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アンテナを張り過ぎると、どうなるか

最近、からだが情報を絞って入れてるなぁととみに感じる。
 
本の類は、雑誌や読みやすいものをパラパラ眺めるだけだ。
ネットも、息子が目を離せないのもあり観る時間が減ってる。
テレビにいたっては、朝ドラとEテレくらいしかみていない。
 
本は、早く読むほうで気になるものは小説も専門書もなんでも何冊も読んでいたし並行して漫画もたくさん読んでいた。
ネットは、自称ゆるふわネットウォッチャーなのに暖炉の燃えカスのようなものしかウォッチしていない。
テレビは、とにかく俳優やらアイドルが好きなのでドラマやらそれに付随する番組を観ていたがいまは全く観ていない。
 
そう考えると、今までたくさんのモノにアンテナを張り巡らせてすぎていたのだ。
 
アンテナを張り過ぎると、どんどん頭のなかに情報がぐるぐるまわって処理し切れなくなる。
それに、情報が多いということはそれだけ良いものもあるが悪いものもありノイズが出てくるのだ。
 
きょうみたテレビの掃除方法で禅の手法を取り入れるものがあるそうだ。
部屋が汚いのは、頭が混乱しているから。
それを解消するために、自分の欲求を日記にしたり数秒掃除を毎日するというものだった。 
 
掃除ではないが、情報のインプットアウトプットもこれがヒントに出来るのではと思って視聴していた。
 
意図的に絞っていき、自分の欲求や状態を認知しながら「無い」ものを求めていくより「在る」ものに目を向けていく。
そして、心地良いように整理してアウトプットしていく。
 
インプットを過度にしていないか、アウトプットの出力が大きすぎやしないか。
そこも深めていきたいところ。
 
いまは、インプットの量や出力が意識しないと流され飲み込まれていくほど情報が多い世だなぁとおもうこのごろだ。

「生して殺すなかれ、与えて 奪うなかれ、賞して罰するなかれ。」のさきにあるもの

愛読している、鍼灸師の若林理砂先生のメルマガ。
日々の養生のヒントがたくさん書いてるので、産後から購読してる。
 
最近来た春の養生のメルマガには、
「生して殺すなかれ、与えて奪うなかれ、賞して罰するなかれ。」
とあった。
先生曰く
「生かして、与えて、褒めて伸ばすように大らかに過ごすように」
という意味だそう。
 
思い返すと、生育歴や行動でいつも緊張感ばかりもって生きていた。
大らかにゆったりと過ごすのは、私にとってとてもむつかしいことのように思う。
 
ただ、そういう緊張感を持ち続け何事も独りでこなしていくには。
私には、何もかも手一杯だなと子供をもってやっと気付かされた。
今までだって、独りで抱えようとしてかえって周りと軋轢を生じてきたのだ。
 
もう、手放そう。
 
そう決めて、去年から何度も「井戸掘り」に行った。
来る日も来る日も、藻掻きながら、降りて降りていった。
降りた先で、緊張感が抜けてやっと自分のやれることの限度と過敏さ、そして疲れを自覚した。
 
なぜこれを、独りで全てやろうとしていたのか。
自分の愚かさに嘆くこともあった。
  
そして、多くの刺激にさらされ求めかえって疲れ動けなくなっている自分。
同時に、刺激や入ってくるものを絞っていっても満足出来ることを知った。
 
手放していくと、「自分の仕事はなにか」という私が大好きな物書きの倉下忠憲先生の問を思い出す。
 
いまはゆるゆる、自分の領分の範囲でやればいい。
 
少しずつ、春が近づく。
 
ゆったりしていく先になにがあるのか。
 
新しい春がはじまる。

自分だけの「定番」を決めておく

新婚のころ。
何だか浮かれていたし、家庭というひとつの組織を運営する者にしては新参者なので色々な事が分からなかった。
 
区役所の手続き。
お葬式のおかねのこと。
結婚式のマナー。
どうやって献立を決めるか。
 
とりわけ分からず失敗が多かったのが、買い物。
新製品に飛びついては失敗していて、買い物のロスと悩む時間がいつも多かった。
また、安かろう悪かろうでとにかく安いものに飛びついては気に入っていなくて微妙な気持ちを抱いていた。
 
どうしたものかと思って、ある時目についたレビュー雑誌を読んだ。
色々な日常のものを様々な角度で調査しレビューするというものだ。
 
こうやって、考えるのもあり。
この雑誌を参考に色々自分の好みで調べて、定番を決めていこう。
 
定番を決めていくと、何にしようかと悩む時間が減り無駄な買い物も減るのでものも増やさずに済んだ。
 
例えば、化粧品ひとつにしても乳液はアルビオンとか。アロマオイルは無印良品とか。
味醂は、味の母が濃くて好み。牛乳は、なるべく生協がいい。
サンフランシスコで出会った、NARSのMAN HUNTはあまり化粧しない私の相棒だ。
 
こうして、自分の定番で好きなものだらけになっていくとご機嫌に過ごせる。
 
ただ、定番もたまに変えていくと生活がアップデートされていくと思う。
 
洗濯用洗剤、たまにはニノがCMしてるから変えようかな、とか。
くだらない理由もあるけれど。

エプロンでスイッチをいれる

むかしむかし。
小さなラウンジの店長をしていた。
 
良いカップで珈琲を出して。
顧客のひとが何人もいて。
より丁寧に、と肩肘張って接客していたあの頃。
 
制服があって、サロンというながーいギャルソンエプロンのようなものを身につけていた。
腰のラインで紐をギュ!っとしめると、さあ今日も1日始まるぞという気分になっていた。
 
いまは仕事をしていないけれど、おかあさん業や専業主婦業はやろうと思えば終わりがない。 
終わりがないと、始まりがよく分からなくなっていく。
 
そうなると、かえってだれてしまったり逆に休むのを忘れて頑張りすぎてしまう。
 
そんな時に、働いている時のギャルソンエプロンを思い出した。
制服のようなものがあって、脱ぎ着するだけで不思議と自分の中のスイッチが動くのに気が付いた。
 
エプロンは、制服のようなやる気スイッチにもなるし脱げば小休止をいれるレスト管理のスイッチにもなる。
 
朝起きて、必ずやかんでお湯を沸かす。
お湯を沸かしながら、お気に入りのデニム生地のエプロンの紐をギュ!っと結ぶ。
 
さて、今日はどんな1日かな?
 
家事を終えて、エプロンをさっと脱いで。
マグカップに、お気に入りの丸八製茶場の加賀棒茶を淹れて寝る前のひといき。

はて、明日はどんな1日にしようか。

コツコツ掃除がかえって時短?

経験はないだろうか。
 
吹きこぼれが五徳にごっそりこびりついたコンロまわり。
三角コーナーの嫌なぬめりや黒ずみ。
排水口のザルのごみごみしたかんじ。
 
書いているだけで、ぞっとしてくる。
 
新婚の時、どうしてこのような事になったと特別な洗剤やらスポンジ片手に呆然としたことが何度かある。
 
そこで、考えついたのが毎日コツコツすぐ片付けていくことだ。

雑誌だと、やれセスキ水と五徳をバケツに漬け込んで30分放置してから‥だの時間のかかるやり方がよく載っている。
そんな事をしなくても、汚れたらなるべくその日のうちにサッと拭いておく方が時間がかからない。
 
また、排水口のザルのごみもザルをさっと洗って食洗機に放り込んでしまったりザルにつけるネットをまめにかえるとごみが付きにくくなる。
 
三角コーナーにいたっては、廃止して代わりの水切り袋を使って快適だ。
 
最初は面倒でも、日々のタスクや隙間の5分家事に組み込んでコツコツ掃除を重ねていく方がスッキリする。
 
汚れを積もらせるのでなく、コツコツ掃除を重ねていくと綺麗を維持しやすくなる。
 
ただ、何日も一人で家事や育児をしていくと疲れ切って汚れをためることもある。
そんな時は、ひとにお願いするなり文明の利器で強力な道具たちにお願いしたいものだ。 

日々を重ねていく。

子供が寝静まる夜。
愚図るたび冷や汗をかくスーパーの店内やバスの車内。
作ったご飯が床に落ちる様。 
 
ネットで見る、キラキラした母子。
SNSで集っている、仲間たち。 
 
それは、ヒタヒタと迫ってくる。
 
楽しい!だけではいられない。
苛立ちに孤独感に焦燥感。
   
自分がいけないの?
ドロドロとして黒い気持ちに襲われる日もある。
 
産後すぐは、そういうものは無いものとして扱おうとした。
無いものとすればするほど、どんどん落ち込んで考えたり内にこもっていた。
 
そして、ショートしてしまった。
 
そして、気付いた。
となりにいる人に、何で頼らなかったのだろう。
「察してよ!」と、傲慢に、無い物ねだりでエスパーのような有り得ない力に依存してた。
 
ただ甘えてお願いしてみる。
 
それをバンジージャンプを飛ぶような心持ちで隣の人に続けてみた。
それを他の人たちにも、少しずつ勇気を出してやってみた。
  
日々を重ねていって気付く。
 
となりにいるひとが帰ってきてお茶してハグしてるだけで。
重たい日も、何となく冴えない日も。
1日の重たいのが、帳消しになる。
この人と結婚してて、一緒にいるだけでラッキー。
となりにいてくれたら、今日もまた最良の日になるのかも。
 
そして、また日々を重ねていく。

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